映画「キャラクター」の考察まとめ

映画「キャラクター」は、漫画と現実が複雑に絡み合うサイコサスペンスです。

永井聡監督の独特の演出と長崎尚志氏の脚本が見事に融合し、深いテーマ性を持った作品に仕上がっています。

本記事では、「オリジナル」というテーマを中心に、映画を掘り下げた3つの考察をお届けします。

目次

考察① オリジナリティへのアンチテーゼ

映画「キャラクター」が提示するのは、「オリジナルの人間なんて存在するのか?」という問いです。

主人公の山城は、優れた画力を持ちながらも、独自のキャラクターを生み出せない漫画家です。

しかし、殺人鬼・両角を目撃したことで彼をモデルにしたキャラクターを創造し、一躍人気漫画家となります。

一方で、両角自身は過去の殺人事件や他者の行動を模倣している存在です。

この構造から見えてくるのは、個々の人間が無数の影響を受けて形成されるという事実です。

映画は、「完全なオリジナルは存在せず、模倣や影響こそが人間の本質である」というメッセージを描いています。

山城と両角という二人のキャラクターは、このテーマを象徴する存在です。

山城は他者の行動に影響を受けつつも、漫画という形で自分を表現しようとします。

一方、両角は自分のアイデンティティを確立できず、模倣を繰り返しながら「自分とは何か」を問い続けます。

考察② 殺人鬼・両角のキャラクター性

両角というキャラクターは、いかにもフィクションらしい殺人鬼として描かれています。

ピンクの髪、派手なアウター、異常なまでの冷静さなど、現実にはあり得ない特徴が強調されています。

彼の行動や外見は、漫画や映画、アニメで想像される「典型的な殺人鬼」の要素を煮詰めたものです。

これは、作中で編集者が山城に語る「いそうだなと思わせるキャラクターを作るべき」という言葉とは対照的です。

両角は「いそうだな」とは思えない非現実的な存在でありながら、作中で強い存在感を放っています。

一方で、彼が模倣しているのは、過去に存在した殺人事件や他者の影響です。

つまり、両角自身は「オリジナル」であることを望みながら、その実「最もオリジナリティがないキャラクター」として描かれているのです。

彼が裁判官に「僕は誰なんですか」と問い返すシーンは、このアイデンティティの葛藤を端的に表しています。

考察③ 家族という「最初の影響」

本作では、家族が「人間が最初にトレースする存在」として描かれています。

主人公の山城は、実家に帰るシーンや、妻との間に生まれる子供を通じて「家族」というテーマに向き合います。

また、両角が模倣している過去の殺人事件も、ある一家を狙ったものであり、家族の形が物語の中心に据えられています。

この家族というテーマは、オリジナルの人間を否定する要素として重要です。

人間は生まれた瞬間から親の影響を受け、その価値観や習慣を無意識に受け継いでいきます。

映画では、これを象徴的に描きながらも「影響を受けた結果としての個性」という考え方を提示しています。

特に印象的なのは、山城の妻が双子を出産するシーンです。

双子という設定が、二人の子供がそれぞれ異なる人生を歩む可能性を暗示し、「唯一無二の存在」について考えさせられる演出になっています。

まとめ

映画「キャラクター」は、「オリジナル」という概念に対して強烈なアンチテーゼを投げかける作品です。

模倣や影響を繰り返しながら人間が形成されることを描きつつ、最終的には「唯一無二の存在」であることを肯定しています。

また、非現実的でありながら魅力的な殺人鬼・両角の描写や、家族というテーマの深掘りが、本作の奥行きをさらに広げています。

ただのエンターテインメントにとどまらない哲学的なテーマを持つ本作を、ぜひ観て考察を深めてみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次